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バトルファイト

 また『仮面ライダー剣』の話。最近この作品について考えることが多い。

 この文章と直接の関係は無いんだけど、ブクマコメントに「カイジとかホリエモンみたいに「いかにシステムをハックするか」が最近の流れだと思う」とあるのを見て、『剣』のテレビ版最終回で剣崎一真がバトルファイトを“終了”させるのではなく“無期限停止”状態にすることで争いを回避したことを連想した。


『剣』作中で、仮面ライダーシリーズでの敵怪人に当たる不死生命体「アンデッド」は地球上の様々な生物の始祖と位置づけられ、種の繁栄を賭けて一万年ごとに行われる「バトルファイト」の勝利を目指して、最後の一体になるまで互いに相争う宿命を背負っていた。ただし、いかなる種の始祖でもない特殊なアンデッド「ジョーカー」が最後の一体として勝ち残った場合、世界中の生物はいったん完全に滅んでしまうことになっていた。アンデッドが己の本能に従い戦い続けることでバトルファイトの構造が維持され、それに伴って人間社会にもアンデッドの脅威が及び続ける。その中で作中の仮面ライダーたちは人類を守るためにアンデッドを倒すのだが、そのことによって仮面ライダーの戦い自体がアンデッド同士のバトルファイトの終結を促進し、その帰結如何によってはライダー自身が人類を破滅に導く危険をも孕んでいた。


『剣』は劇場版とテレビ版とで異なった結末を持っているが、両者は単なるパラレルワールドではなく、問題解決に至る二つの選択肢という形になっている。
 劇場版の剣崎はバトルファイトへの参加者たるアンデッドをすべて倒す(封印する)ことでバトルファイトそのものを終結させたが、それは人間の心を持ち始め人間との共存を願うようになりつつあった相川始/ジョーカーを“敵”として封印することをも意味していた。
 一方のテレビ版では、人間を救いつつ相川始にも人間と共に生きる道を開くため、剣崎は自分自身をジョーカー=アンデッドにしてしまうことで、世界に二体のアンデッド(剣崎と始)が残って勝負を決しないままバトルファイトの決着を永遠に保留することを選択した。他のアンデッドがすべて封印されても、始(ジョーカー)一人がこの世界に生き残りバトルファイトの勝者となることで不可避的に引き起こされる世界の破滅はこれで回避されるというわけだ。だが、もともとバトルファイトは各アンデッドが種としての保存本能に従って互いに争うという、いわば生物の本能を燃料や原動力にして推進されている制度であり、バトルファイトの監督役である“統制者”はこの制度の停滞を防ぐべく、剣崎と始の闘争本能を刺激して戦いを促そうとする。剣崎は始と接触することによる戦いの再開をを永遠に引き延ばすために、自らの身を犠牲にしてまで助けた“友人”始と別れて遠い見知らぬ地へと旅立ち、いつバトルファイトを始めて人類に脅威を与えてしまうかも知れぬアンデッドとしての自分自身の運命(≒闘争本能)と永遠に戦い続ける道を選んだ。
 私はこのテレビ版の最終回を大変気に入っていて、他にもこの終わり方を平成ライダーで最もきれいな締め括りと評価する方の意見をよく見かけるのだが、一方では戦いをバトルファイトの完全な終結(=ジョーカーを含む全アンデッドの封印)によってではなくバトルファイトの無期延期によって回避したことに対して、どこか煮え切らなさというか中途半端な気分を味わった方も少なくはないようだ。


 作中でバトルファイトは、誰かボス的な存在によって創設・統率された一回性の陰謀などではなく、生物の生存への欲求と闘争本能とが次第に制度として形を為していった結果として生まれた、生態系の進化のための一種の自生的な「システム」として取り扱われている。生物自身の本能が原動力となって作り上げられたものであるため、「システム」そのものを根底から消滅させることは出来ない。剣崎の選択は、そのシステムのルールを逆手にとって、形式的には戦いが継続しているが永遠に保留のまま決着がつかないために世界の破滅も生じないという状況を作り出すものであった。その点では、システムの存在をとりあえず前提した上で「システムをハックする」という発想であったと言える。
 戦いが一種の制度やシステムとして捉えられている世界観としては、『剣』の二年前に放映された『仮面ライダー龍騎』のライダーバトルがこれに比較的似通っている。だが、『龍騎』のライダーバトルが最終的に神崎兄妹の“成仏”*1によって終焉を迎えたのに対し、『剣』にはそもそもシステムとしての戦いが終わらないことに対する諦念がある。同時に、人間一人ひとりのミクロな人生の前には巨大すぎるものとして立ちはだかるシステムの運命に対して、それでもなおその状況に対して小さな人間がいかにして運命を切り開くことが出来るか、という力強さもまた描かれる。でもその手段として剣崎は、人間であることを捨て、永遠に生きるアンデッドとしてバトルファイトというシステムの一部に自分の身を投ずるという道を選ばざるを得なかった。システムをハックするには、何らかの形で自分自身を(一部分であっても)システムに同化させるしかない。それが、人類を守るために剣崎の払った犠牲だったのだ。

*1:単純に「死亡」したという意味ではない。